高校数学の先生がわかりづらい?それは必然だった。

高校数学の先生がわかりづらい?それは必然だった。

高校生の塾生からとても数学が嫌いと聞きます。

理由は単純で先生の授業がわかりづらいから。

中学生の頃はとても数学が得意だったのに、高校になってから嫌いになったという生徒は少なくありません。

実際、僕も同じ理由で文系になりましたし。

先生に質問に行くえらい生徒さんもいます。

しかし、わからないそう。最悪な場合はますますわからなくなる。

この記事を見ているということは、おそらくあなたたちの先生もわかりづらいのではないかと思います。

しかし、そう思っているのはあなただけではないことを伝えたい。

今回は、なぜ高校数学教師の授業がわかりづらいのか、そしてどうすればいいのかを考えていきたいと思います。

授業がわからないだけで、数学嫌いになったらもったいないですからね。

【分かりづらい理由】高校教師になる方法に問題がある。

では、最初に高校教師になっている先生方がどうやってその職に就いたのか考えて見ましょう。

まず、学校の教壇に立つには教員免許状というものが必要です。

その免許を取得した人が、採用試験を突破し、初めて教員となれます。

では、この教員免許状はどうやって獲得するのでしょうか。

理学部や文学部など、専門の学部に行くとなんだかおまけ程度にもらえそうなイメージですよね。

この教員免許状は、大学に行っても定められている必要単位数を満たすよう講義を取らないともらえません。

なのでおまけというわけではありません。取得するには、より多くの講義と単位を必要とします。

さらに、この免許には専修免許状(大学院修了)、一種免許状(大学卒業)、二種免許状(短期大学卒業)、とあり()内の条件を満たすともらえます。

この違いは、教えられる学校の違い(高校で教えられるとか、中学校では教えられないとか)とお給料ですね(笑)。

 

では、高校の教員免許はどうやったら獲得できるのかというお話ですが。

おまけです。

先ほど、単位がうんたらというお話をしましたが、実は2、3個講義を増やすと大抵取れます。

それは理学部などに行ってもそうですし、教育学部に行ってもそうです。

問題なのはここからです。

しっかり単位を取って教員になったから、指導の仕方がバッチリかと言われるとそうではありません。

理学部などの教員免許に必要な教育系の講義は簡単に取れるというのが基本です。

実習も2週間程度で終わりますし、適当に終わらそうと思えば終わらせることができます。

 

教育学部は、教育系の講義が本命なので単位の取得が難しいです、頑張らなければなりません。

じゃあ、教育学部卒の高校の先生はわかりやすいってことか!

となりそうですが、実は教育学部を卒業して教員になる人は普通、小中学校に行きます。

そして、教育大学側もそういうことで話を進めます。

なので、基本高校教員は理学部や文学部など、教育大学に行っていない人たちばかり

確かに、教育大学では子供向けの授業の展開の仕方など習いますが、子供向けの授業の展開の仕方しか学ばないわけではありません。

最近は、アクティブラーニングなど様々な変革が行われており、教育大学でも力が注ぎ込まれ

いかに子供に勉強を好きになってもらうか、いかに多くの優秀な子供を育成するか

という問題からわかりやすい授業の展開の仕方などに力を入れている節があります。

そのため、高校でもわかりやすい授業づくりに活かせるものを多く手に入れることができます。

一方、高校は義務教育でないという理由から教育学部ではおざなりにされがちです。

実際、教育学部でも高校の教員免許は取れますが、高校に実習に行かなくても取れます。

そのため、力ある先生が高校に行かないということが起きます。

 

理学部などの学部では確かに専門性が教育学部より優れていますし、高校教育は専門性が高いです。

そのため、教え方がうまい先生よりも、頭のいい先生が優先的に高校教員になります。

頭はいいけど、教え方下手という先生が高校に多い理由はこれです。

指導力のある先生は小中学校に、頭のいい先生は高校に行くシステムです。

では、ここで理学部を例に考えてみましょう。

理学部に行った後、就職どうしますか?

専門的な学部に行けば行くほど、普通は研究者になります。

ところが、研究者にはなりたくない、なれない人たちはどうでしょう。

職がありません。そんな時、高校教員というスペースが目に入るのです。

そう、いわゆる学者崩れが高校教員になるわけです。

そのため、今まで自分のために勉強していた彼らにうまく教えろという側の方がむしろおかしく見えてしまいます。

研究というのは自分のしたいことを突き詰めるということですからね。

つまり、自分ではわかって当然のことがわからない生徒のことがわからない、という感じです。

 

以上のような理由をまとめると

・高校教員は基本教育素人が多い。

・理学部など、学科専門卒の先生が多い。

・大学では研究をメインにしていたわけなので、わからない人の気持ちはわからない。

 

【解決策】教師に頼らないこと。

このように高校教育の現場は悲惨な状況です。

義務教育じゃないから、出来が悪いのは各個人の責任ということにして

わかりづらい授業を展開しても、嫌なら高校を変えればいいとか言い出します。

実際僕はそう言われましたしね。

 

僕は予備校に行ってから理転しました。

ですが、悲惨な高校の中でも、わかりやす数学の授業を受けていても成績を上げたり、好きになったり改善することはできます。

前回の記事に書いてあることを実践するというのが大事ですが、もう一つしなければならないことがあります。

数学が得意になるにはこれだけ!

 

それは友達と勉強すること。

最近この意味を間違えている子が非常に多いです。

友達と勉強するというのは、一緒に悩んだり、解決したり、問題を出し合ったりすることです。

決して答え合わせや、解説を聞くだけではダメです。

むしろそれは相手に不快な思いをさせますので控えましょう。

最低限、何がわからないのか、どう考えているのかはっきり相手に伝えられるようにしましょう。

これで形成された友人関係があれば、たとえ数学教師の教え方がどれだけわかりづらくても大丈夫です。

独自の方法や視点もあみ出せたり、人から頼られたりしてとにかくかっこいいです。

ですが、先ほども言ったような答えを教えてくれというだけの相手には教えない方が得策です。

それは双方何もメリットがありませんし、その実力はあなたが苦しみ、時間をかけ、ようやく手に入れたもの。

簡単に相手に譲渡してはダメです。

独自のやり方を身につけると、たまにいるんですがテストなどで

「私のやったやり方をしろ」

と言われます。

これは一概に悪いわけではなく、相手は学者崩れといえど専門家。

理由を聞いて、例えば定義が曖昧だとかこの場合は計算できないなど、しっかりした理由がある場合があります。

理由を聞いて納得できたら改善してください。

逆に、気に食わないというくだらない理由だけでしたら突き通しても構わないでしょう。

 

 

いかがでしょうか。

高校数学教員の授業がわかりづらい理由、わかっていただけましたか?

学者崩れしかいない環境というのは悲惨なものですが、そう簡単には変わりません。

それがこの国、日本という悲しい国です。

ですが、それを変えていくのもあなたたち自身。

たかが学者崩れのために、数学を諦めないでください。

元文系だからこそいえます。

数学は大事です。

頑張る価値があります。

 

ここまで書いててなんですが、確かに例外の先生ももちろんおられると思います。

しかし、僕も経験したのでわかりづらい先生がいることもまた確かです。

実際、僕の人生はその先生たちのおかげで少々道が逸れました。

自己責任という都合のいい言葉を並べ、知らん顔されたのも未だに覚えています。

しかし大人にこの理屈は通じません。

自分を変え、周りを変えられるのは自分だけだと思いました。

いい経験でした。学者崩れ、いい比喩表現だと思ってます。

 

以上です。

ご閲覧ありがとうございました。

ではまた!